ぶらんこ乗り (新潮文庫)

ぶらんこ乗り (新潮文庫)

「あらしのせいでみんなふあんなんだよ。たかいたかい、ぶらんこのうえのわたしたちみたいに、あんぜんじゃないからね。風がふけばふきとばされる、かじになればくろこげにもえちゃう」
「あなた、手をにぎってくださいな」
 だんなさんはしんぶんをたたんでせすじをのばし、おおきくぶらんこをゆらしておくさんのほうにふった。いちど手をにぎり、はなれていき、またちかづいてにぎり、そうしてはなれた。
「あなた」
とおくさんはさかさになったままいった。
「わたしたちはずっと手をにぎってることはできませんのね」
「ぶらんこのりだからな」
だんなさんはからだをしならせながらいった。
「ずっとゆれているのがうんめいさ。けどどうだい、すこしでもこうして」
とてをにぎり、またはなれながら、
「おたがいにいのちがけで手をつなげるのは、ほかでもない、すてきなこととおもうんだよ」
 ひとばんじゅう、ぶらんこはくりかえししくりかえしいききした。あらしがやんで、どうぶつたちがしずかにねむったあとも、ふたりのぶらんこのりはまっくらやみのなかでなんども手をにぎりあっていた。(P32)

だれしもがぶらんこ乗りで、おなじぶらんこに一緒にのっていつまでも手を握っていることはできない。だけどぶらんこにのってさえいればいつかすれちがうことができるのだ。